labfut

頭の中の整理のためと日々の考察。対話によるアイデアの伸展と行動の拡張を大事にしたい。

だんご

 疲れた。何から何まで疲れた。子どもは成長するし、父も同じように成長しているか。今日もビタントニオのミキサーは調子良しなので、是非。

 

 最近考えることは、生きているか死んでいるか。人間って死んだように生きることもできる。

 

ラテン語に、

「Carpe diem(カルペディエム)」という言葉がある。「今日を摘みとれ。」と訳される。

一方「メメントモリ」という言葉もあり、これは「死を忘れるな。」と訳される。

 前者の意味は、明日死ぬかもしれないから今日のこの日を楽しく、瞬間を生きようという意味(かいつまむとね。)

 後者ははじめは同じ意味だったようだけど、キリスト教文化の影響により死後の世界に価値があるという反俗世的な価値観を持つようになる。「Memento mori -死を想え-」という藤原新也の写真集が家にある。我々は生の中に常に死をはらんでいる。

 

 この二つの違いは生き方の違いで、私は死後の世界とキリストにもあったことないので、どちらかというとカルペデイェムといきたいところだ。かといってデイトレーダーではないし、そのひぐらしでもないけど、自分の生命の瞬間をそのままそこに表出していきたいと思う。

 死んだように今を生きようとは思わない。

 

 Carpe diem は放蕩生活や快楽主義を思わせるが、その考え方はエピクロス主義である。エピクロス主義についてはまた今度。よく誤解される考え方だなとおもう。

 

 まぁ、贅沢も快楽も上等ですけどね。

 今を生きる。過去より今の方が素直に生きている。カロリーを燃やしている。人生を楽しもうとしている。カルペデイェムだ、いや、メメントモリだ。どっちだ。

 

 

 なんせなんせ、今の自分を生きなあかんし、運命なんて変えられるし、機嫌よく自らを生きることを実感したい。

 

 

死者はダンゴムシの死の循環の中で生きるだろう。 眠たいのでダンゴムシ睡魔です。

CAICAあがれ。